微熱

喉が痛い。
昨日嗄らした喉が。
息を吸うたびにひりつく。
息を吸うたびにあの男の気配が甦る。
あの男の眼が。
紅い眼が。
全てを喰らおうとする眼が。指が。舌が。唇が。
吐息が。全てを
逃すまいと絡みつく。

私の眼を。捉えようと。
指を。捉えようと。
舌を。唇を。吐息を。
全てを。
全てを。

ーー嗚呼、だというのに。

あやつは何も手に入らぬ。

ひりついた喉が痛い。

息をするたびに。

あやつの熱を帯びた眼差しが

哀しく浮かび、消えた。

あれから

幾度も川を渡るように

幾つもの生を生きてきた。

それは別々の人間。

ただ生きるのが容易くなるために

借りた姿と人生を。

幾度も幾度も。

渡ってきた。

己とは何なのかと。

問うことはない。

姿も声も生き様も借り物となっても

中心に生きるのはただの己だった。

揺らぐことはない己だった。

あの日まで。

あの女に再び出会うまで。

己とは何だったか。

不可解な感情が自分を乱す。

姿形、声が変わろうとも

揺らぐことはなかった自分が

いとも容易く乱される。

奈落の像が波紋で掻き消されそうで。

水面に映った偶像のようで。

女を消さねば

己が

己が

分からなくなる。

消さねば。
消さねば。

目を閉じて女ーー桔梗の行方を追った。

巣篭もりの日

嵐が来る。
空は暗く。
雷鳴が轟く。
かの妖怪の
気配のように

重く恐ろしい
命を取られる感覚が
近づいてくる。

つんと、足下から冷えるような
それでいて
心が高鳴るような

感覚に酔う。

嵐が来る。
嵐が来る。

かの妖怪が
訪れる
気持ちになる。

高ぶる鼓動と高揚感。

酒をつぐ。

甘い酒が香る。

灯の消えた部屋に一人

ただ、嵐の夜を待つ。

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